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一時は毎日のように見ていたダゲレオタイプの夢をここのところパタと見なくなり、そのかわりに恐ろしいバイオリンの夢を立て続けに見ています。

何が恐ろしいかというと、2時間で曲をマスターして披露しなければならないのに弦が切れて、新しい弦を張り替えるにもその弦が毛糸のぼわぼわしたマフラーになって太すぎてペグ(糸巻)の穴に入らない。。。とか、譜面もなくいきなり合奏でバイオリンのパートをウクレレ弾きでやらされるとか、超焦りまくるシーンばかりで、私はいったい何に追い詰められているのだろうと思います。

たとえばこれがコンクールに出るとかならまだしも、大人から始めたら決してうまくはなれないと言われているバイオリンをたかだか3年ちょっとやっただけで、人前で弾くことなんて一生ないだろう、という趣味なのに。
もしかしたら、その定説を裏返したいという欲望の現れなのかもしれません。ちきしょー、うまくなってやる的な。

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今回そこそこ満足のいくダゲレオタイプが出来たので展示をしたわけですが、最初は自分でも納得がいっていたはずだったのに何度も見ているうちに、何かが違うと思い始めました。 

私が求めているダゲレオタイプはこんなレベルではない。

当時のダゲレオタイプはもう言葉にならないくらいの圧倒的な美しさを神々しく放っているのに比べ、私のダゲレオタイプは、決して悪くはないのだけど、その「言葉にならない」という表現がまったく当てはまりません。 

普通にきれい。 

きれいです、確かに。 でも“息をのむ” レベルかということ、残念ながらそうではありません。

あれー、今までのは何だったんだろうな・・・と、ここ数日ぐるぐると考えていて、考えていたところで美しいダゲレオタイプが出来るわけでもなく、かといって大きくプロセスを変更したりすることは今の段階では難しいので、まずは基本に戻ることにしました。

銀板磨き。

少しだけ銀板磨きのプロセスを変更することにしました。
そして、今まで以上の時間をかけて初心に戻って念入りに磨きます。 

すると、磨きが丁寧すぎたのか、露光オーバーになりました。ダゲレオタイプは銀板の磨き方次第で感度が1段も2段も変わると言われています。 調色していないのにトーンがきれい。(気のせいかも。)

また時間をかけてじっくり取り組んでいきたいと思います。