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結論から言うと失敗に終わりました。

表面の汚れたようなあとやクレーターのような傷をできるだけ消そうとひたすら磨いたら逆に醜くなり、蔵出しのまま普通に磨いて写した方がよかったかもしれません。 

あるいは研磨の技術の向上を目指すか。
この磨きの技術は本当に侮れません。
当時も銀板を磨くだけの専門の人がいたらしいので(いわゆる分業)、このあたりはもしかしたら職人技になってくるのかもしれません。

何を写しているか本人にしかわからない。。。 

磨きも失敗だけど被写体も失敗でした。
もう少し簡単なものにすればよかった。 でもこれはメッキでも再チャレンジしたいと思います。

ただ、銅板がもうそこまで見えかかっているくら磨いたせいか、実物は部分的にいままでにない独特の美しいトーンを持っています。
かすかにピンクがかっているというか。。。残念ながらこの写真では伝わりません。

もう一度磨いて撮り直したらもう銅板までたどり着いてしまうかもしれないので、これでテストは終了。

ダゲレオタイプは遠い、と写すたびに思います。 ただ銀板に写るだけなら別にいらない。それは私にとってダゲレオタイプと名前がついたただの画像です。

見た瞬間息が止まるくらいのダゲレオタイプを一生にたった一枚でいいので撮ってみたい。
(3年前はダゲレオタイプを撮らないと死ねない、と思っていたので、さんざん写した今は死んでいても悔いはないはずなんですが、もし息が止まるくらのダゲレオタイプを万が一撮ることができたら(それはかなり難しそうだけど)、次は何が待っているんだろうか。)