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機械研磨を導入してからはすっかり機械に頼りきっていましたが、昨日は久しぶりに手だけで磨いてみました。
やっぱり手磨きはいいなーと思います。気持ちがとても落ち着いて集中できます。機械を使うと音もうるさいし、なんとなくせかされている気がします。

さて、「臭素さま」のおはなしですが、とある日は30秒でよかったものがあくる日は60秒必要だったり、臭素にとって正しい時間の見極めが非常に難しく、というより見極めることなんてほとんどできないので、まずは最初にテストをするというのが重要です。でも私はこの下準備が面倒で、自分の勘を信じて(例えば前日が30秒だったら、今日は40秒かなーという感じで)いきなり撮影することが多いですけど、まぁ大抵は失敗します。

正直なところヨウ素はとても素直で扱いやすいのに比べ、臭素さまは一生懸命やってもちっとも答えてくれない、だが突如としてすごいパフォーマンスを発揮するという、これはもちろん私がまだ慣れていないからなのですが、振り回され感が半端ありません。
臭素箱にも問題がありそうです。

その臭素のツンデレ状況によって私の気持ちも浮き沈みして、昨日は同じ銀板を7回も磨いてしまいには目眩すらしてきましたが、最後の最後にこちらを振り向いてくれました。
1日でまただいぶ臭素さまのことが分かった気がします。(気がするだけかもしれません・・。)

左が不適切な臭素の量、機械磨き。
右が適度な臭素の量で、手研磨。

左の磨きが適度でないプレートは銅版画のように画像がくっきりしていて、それはそれでそういうモノだと思えばまったく違和感はないのですけれど、精緻なダゲレオタイプを目指している私にとってはどうしようもない出来映えで、本当に何百回言っても足りないくらいですけれど、素晴らしくできたダゲレオタイプは息が止まるといいますか、とにかく言葉で表現しがたいくらいの吸い込まれそうな魅力があります。少なくともその銅板画のようなダゲレオタイプにはそこまで心を引きつける魅力はありません。

いろいろなことがわかったと言ってもまだ臭素さまのことは知り尽くしてはいないので、もっといろいろ試してみたいと思います。